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何もない一日じゃないはず

頭をひねれば、なにかは出てくる

イライラエクスプロージョン

雑記

 

先日友人がこんなことを言っていました。

「新しく入ったバイトの新人が何でもかんでも質問してきてウザい」「しかも同じことをまた聞いてくるからイライラする」「覚えられないならメモとかとれよ」

この話を聞いたとき別にかまわないでしょって思いました。この新人さんは態度が悪いのかもしれないし、本当に些細なことまで聞いてくるのかもしれません。その場のことを知らないからこそそう思うのかもしれません。でも話を聞いたときはちょっとひどいな~とか思いました。

 

なぜかって、思うがままにやられて失敗された時の方が困りませんかね。質問されて答えるくらいどうということはないでしょう。たいして時間も取らないし大きな手間がかかっているとも思えません。同じ質問を何回もしてくるのは確かにイラッとするでしょうが、失敗されることの方がもっとイラッとすることを考えるとまだマシなんじゃないかなあ。

 

怒るのもエネルギーが要りますよね。その職場では何人かで「あの子ちょっとどうにかしてほしいよね」感が充満していてこの不満は共通認識だそうです。私だったら自分の怒りをあらわした時のメリット・デメリットを比較しておもてには出さないという選択肢を取ると思うのですが。

 

さっきはひどいとか言いましたが基本的には怒るというエネルギーを必要とすることをわざわざしてあげるんだから本当は優しいのだと思います。おせっかいと優しさは紙一重。私のように注意しない怒らないみたいな接し方の方がその人のためじゃない。その人は気づかないままその後取り返しのつかない大失敗をすることになるかもしれません。結局その人のためを思ってのことなんですよね。そういえばそんなこと小学校の先生に言われたことあったっけ。あの頃は意味不明だったけど。むしろこっちの怒りを増発させていたような・・・

 

また、怒るのはそのコミュニティを改善させたいという「自分のコミュニティ愛」みたいなものがあるがゆえの行動なのでしょう。この話でいえば、注意することで新人の仕事効率が上がり全体としての生産性が上がる、そしてもうかる、さらにはみんなの不満が解消されて私のコミュニティ最高!ということです。怒らない干渉しないというのは何にも解決しないし成長もしないことになります。負の連鎖が起こることも考えられます。自分さえよければ構わないのよ精神です。これは結果的に自分の首を絞めることになるのかもしれないのに。

 

じゃあ損益勘定をし打算的に考え相手にどう対応するか決めるのがいいのでしょうか?でもそれじゃあ悲しい人生になってしまいますね。どうするのが正解なのかはわからないけれど一つ言えることは「他人の足を引っ張ったらそのかわり自分が上がるなんてことは無い」ということですね。人間は基本自己中だと思いますが少しは他人を気遣ってあげたほうが良いのかしらね。情けは人のためならずって言うし。