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何もない一日じゃないはず

頭をひねれば、なにかは出てくる

おバカは本当にバカなのか

雑記

 

テレビとか世間でよく言われる「おバカ」ってちょっと違うんじゃない?

今更感も若干あるけど、テレビで良く出てくる「おバカキャラ」は完全に「バカ」とは言えない気がする。あれはただ単に「勉強ができない」ってだけじゃないの?アタマの良さってふつうそれだけじゃ測れないものだよね。

 

例えばヘキサゴンというクイズ番組がやっていた頃、「おバカキャラ」として有名だった里田まいさん。彼女の今の状況を見て「あいつバカだな」なんて言う人はいないんじゃないかな。確かに当時、番組内で里田さんは視聴者が思わず笑ってしまうほどのおバカ解答をしていたけれど、それはただその解答を知らなかっただけに過ぎない。ただの知識の問題でしょ。

里田まいオフィシャルブログ「里田まいの里田米」Powered by Ameba

里田まいさんのブログを見てみるとこの人バカじゃないなってすぐわかる。初めて見たときは想像と全く違うその雰囲気にものすごく驚いた。絵文字使わないんだ!あんまり旦那さんのこと話題にしないんだ!!てゆうか普通に面白いブログじゃん!!!って思った。やっぱりバカじゃない。

 

ただ、「勉強ができない=バカ」っていう式は成り立たないんだけど、「勉強ができる=頭が良い」は一応成り立つ。おかしい気もするけれど、勉強ができるってことはイコール「記憶力が良い」ってことになるから。そう考えると、就活とかで学歴を重視するのも一つの方法だと思う。新入社員に記憶力の良い人に来てもらいたいのなら、学歴は良い判断材料になる。

 

なんでこんな話をしたかって言うと最近になってもこのことが分かってない人が多い気がしたから。勉強ができるかとか何々の試験で点が上だったとかで一概に「お前はバカだ」とか言う人がいまだに多い。もし自分が言われたらイラッとするけれど、こんなこと言って反論しても勉強ができないことの負け惜しみでしかないことは分かってるわけで・・・。

 

アタマが良いってのはなかなか幅広い言葉で定義しづらいっていうのを前提にしつつも言うけれど、私が思う「この人アタマ良いな」って思う基準は「理解力があるかどうか」かなあ。

昔流行った言葉で「KY」なんていうのがあったけれど、KYのひとはアタマが悪いと思う。何年も生きてきて分かったことのひとつに「人間は一人では生きられない」ってことがある。なにかしらどこかしらで誰かに助けられ誰かを助けて生きている。そんな中で一番大事なのは人間関係。それを悪化させてしまう行動はアタマが悪い。ここでなんて言ったらいいのか、こうしてはダメなのかを理解することが大事。言ったことをすぐに理解してくれれば問題はおきないはず。なんでもかんでも覚えられるわけじゃないんだから知らないなんてことはよくある。それをカバーできるのが理解するということ。だから理解力があるってことがアタマが良いってことになるんじゃないかな。

 

人間のあれこれについてはこれからもずっと議論されていく難しい話かもしれないけれど、こうやって自分なりに考えてみるのは楽しかったりもするよね!