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何もない一日じゃないはず

頭をひねれば、なにかは出てくる

本好きが本を読めない理由

理由は、いつもひとつ!

とコナン君が言ってしまうほど単純なことなのですこの問題は。結局ここに帰結するのですこの問題は。

私は本を読むのが好きです。特に小説。小説じゃないやつは途中で読むのをやめてしまったとしても何の罪悪感が生まれないことが多い。そのため放置することとなる。そんな本は本棚に並べ、「俺はこの本を読んだぞフンフン」と鼻息荒く我が家にもぐりこんだ人間にアピールするだけの材料となります。

また、本好きは本を買うことをいとわないため、ガンガン新しい本を買っていくため、もうその過去に読み途中の本をわざわざ取り出して読むこともありません。読むなら新鮮なやつを優先しますからね。そっちのが読みたいし。ただ、ここで心優しき我らが本好きはどこかひっかかってしまう。「このかっこよくディスプレイされた本を私は読んでいない」「読み切らないままだとこれの感想を誰かに話せない」「ブログに書けない」「読書メーターに残せない」「なんだかいっぱい本を読んだ気になれて嬉しいとはいえ、それに1000円くらい費やしているのはなんだか切ない」「いざ売ろうと思っても読んで無いから悩む」といった考えが頭の中をグルグルグルグル。もう見て見ぬふりをするしかありません。

 こんな状況はぜひとも解決したいでしょう。そして私は知っています、この悩みは本好きには共通であると!そしてその理由はいつも一つ!

そう、それは「読書を神格化しすぎている」ことです。

読書とは高貴なもので、自分を楽しませてくれる、自分を成長させてくれる、だから本を読もう!と意気込んでいるのが私たち。本には本当に感謝しているのです。本とはなくてはならない存在。過去に本によって救われた経験を持つ人も多いでしょう。また、数ある本の中から、時には身銭を切って手に入れた本に対し、適当な気持ちで、適当な心構えで読むなんてことはできません。本に本気なのが本好き。

そうするとどんなことが起きるでしょうか。そうです、スキマ時間に本を読めなくなるのです。

人生は忙しいものです。そしてすべての人に共通に与えられるのが時間。その与えられた時間のすべてを読書についやすことなんてできません。仕事をしなきゃならないし、勉強しなきゃいけないし、ごはんを食べなきゃいけない、などなどやることはたくさんあります。その中でどう読書のための時間を確保するのかが本を読むためのカギになってくるでしょう。

読書を神格化している読書好きに皆さんは、本を読むのに十分な時間を欲します。これは読むことへ多大な時間をかけるという意味ではなく、「しっかり読めるだけの時間があるのか?」という意味です。スキマ時間はたくさんあります。食事が終わった後の10分だとか、寝る前の20分だとか、観たいテレビが始まるまでの15分だとか。そこで読めばいいのに我々本好きは「こんなちょっとしかないならがっつり集中できないしな~」「ノッテきたとこで止まっちゃうのはヤダな~」「ツイッターでもいじろうかな~」と考えてしまうのです。進研ゼミから送られてくるマンガにも「スキマ時間を大切に!」「スキマ時間にさらっとできる勉強です!」みたいな謳い文句で何度もアピールしていたものですから、スキマ時間の大切さは分かっているはずなのですがなかなかうまくいかない。

また、私なんかはそうなのですが、電車内で本を読むと疲れるんですよね。読めなくはないのですが、読むと首が痛くなったりするので「こんな状況なら本読まなくてもいっか」って思ってしまうのです。電車で立って本を読むとしても片手(ページをめくる時は両手)が塞がってしまい危ないです。スキマ時間に読まないのならいつ読むんですか!!

 

そして僕の場合はこの神格化現象がドラマを観るときにも適用されてしまいます。1時間まるまる取れなければドラマは観れません。この神格化現象、どうにかしたいものです。

 

あ、答えとか解決法とかはありませんすみません。

でもこれ、みんな共通ですよね!?