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何もない一日じゃないはず

頭をひねれば、なにかは出てくる

キャラ萌え、ストーリー萌え

アニメとか、小説とか、マンガとか、ドラマとかみるときに、何に萌えますか?って話です。

「萌え」っていうと実際に「萌え~」とか「ブヒ~」とか言ってるみたいなのを指しそうですけれど、もっと単純な話で、キャラとストーリーどっちを重視しますか?ってことです。どっちに楽しみを見出しているか?ってことです。

私はどちらかというと「キャラ萌え」で物語を見る派です。最初に読もうかな観ようかなと決める基準は「ストーリーがおもしろそうか」で決めますが、観ているうちにキャラクターを好きになってしまい(性別問わず)今後の展開も気になるけれど、この大好きなキャラクターたちをずっと見ていたいという気持ちが芽生えます。

ここで問題になってくるのは「物語の終わり」についてです。持論ですが、物語とは終わってこそのものです。終わりがないものは物語ではない!と言い切りたいくらいです。この持論に則ると、どんなに大好きなキャラクターがいようと、どんなにその好きなキャラクターを見ていたくても、必ず来る終わり(最終回)を迎えた後には会えなくなってしまうのです。キャラに萌えているのに会えないなんて!とは思いますが終わっても欲しい。

まあこれは話にもよります。日常系の話であれば終わる必要はないでしょう。『サザエさん』のように年齢もかわらず、ずっとそのまま続いていくべき存在もあっては良いと思います。でも私は『サザエさん』でさえも終わりが来て欲しいと思っています。これは「早く終われ」みたいな冷たい話ではありません。例えば、20年後~みたいな話を作り、カツオは会社に就職し、波平は定年退職をしたが趣味の囲碁をはじめ毎日楽しくすごしています、みたいな一応の最終回みたいのを見たいのです。終わらずに終わる恐怖みたいのを感じてしまうのです。「これからも磯野家は楽しく暮らしました」みたいな終わり方でも構いません。「そうなんだ。磯野家は楽しく暮らしたんだ」と思っていたいのです。

物語は終わって欲しいです。でもなぜ終わらせない話がたくさんあるのでしょう。それは「一度終わった話は続けるのが難しい」からなのではないでしょうか。

キャラ萌えといえどストーリーを軽視しているわけではありません。ストーリーあってのキャラ萌えだとも思ってます。終わってこそ深みが出るし、作り手の意思が上手く伝わるんじゃないでしょうか。終わるまでが一作品。

一度最終回を迎えて終わり、そのあとに私のようなキャラ萌えが楽しめるようなスピンオフ話を作ればいいのです。そうすれば終わらせてもまだ続けることができます。『サザエさん』もさっきのような最終回を一度やってから、またいつものように日常の話をやって欲しいのです。そうすれば、裏に渦巻いているであろう金銭的な思惑にもきちんと対処できるでしょう。何も世界のすべての人が「一度終わらせたのにスピンオフ始めちゃってまだ儲けようとしてる」みたいな性悪説的考えを抱いたりなんてしてないですから。終わらずに終わることの方が怖いです。

短くても長くても良いです。とにかく終わって!気になっちゃうよ。モヤモヤしちゃうよ。作者は終わるべきところで終えようよ!

 

何故か途中から終わることの話に変わってしまいました。上の文章で何が言いたかったのかって、「キャラが好きでずっと見てはいたいけど、ちゃんと終わって欲しい」ということです。キャラ萌えと言ったってストーリー全く無視はしてないってことですよ。

さてみなさんはキャラ萌え、ストーリー萌えのどちらで話をみているでしょうか。私はほとんどキャラ萌えなので、たまにストーリーに入るどうでもいい日常話とかも楽しく見ちゃうタイプなのですが。逆にキャラ萌えじゃない人はそういう話は超嫌いですよね。

 

私はキャラ萌えだ!なんて何度も言いましたが今期のアニメでは『アルドノア・ゼロ』はだいぶストーリー萌えの割合がでかいですね。『残響のテロル』とか『サイコパス』とか続きが気になるアニメもたくさんありますが、もうすでにキャラが好きになっちゃったからなあ。どっちに100なんてことはたぶんないので、割合的にどっちかな?って感じですかね。

 

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